Suntory Hall Chamber Music Garden
サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン
会場:サントリーホール・ブルーローズ
写真提供:サントリーホール
2014年の
サントリーホールチェンバーミュージック・ガーデンに、
ウィーン・フィルのコンサートマスターとして活躍している
ライナー・キュッヒルさん率いる
「キュッヒル・クァルテット」が登場する。
勿論ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲を演奏する。
キュッヒルさんに、
この大きなプロジェクトを前にしての抱負を伺った。
私達のベートーヴェン弦楽四重奏曲の演奏を
全部聴いてください〈1〉
──ライナー・キュッヒル
“楽譜通りに演奏する”とはどういうことか
──サントリーホールにおいて、ウィーン・フィルの楽団長のヘルスベルクさんの、シュパンツィッヒについてのレクチャー・コンサートがありました(2013年11月9日)。そのとき、キュッヒルさんはクァルテットで演奏されました。シュパンツィッヒ、ベートーヴェンの伝統が脈々と繋がっている、ということを実感されたのでは?
「シュパンツィッヒは歴史上の人物ですので、直接な伝統と言われても、本にも書かれている偉人ですから……(苦笑)。
実際に彼がどのように演奏したかということも、その当時の人間の文章での報告があるだけです。パガニーニもそうですが、とにかくいろいろなことが書かれていますので、いきなり関係性を感じることはありません。例えば、ロゼー弦楽四重奏団の録音は残っていますので、私達との関係性というものを感じることはありますが、シュパンツィッヒの場合は、直接的に伝わってはいませんでのでね……。
私は作品を見て、まずは“書かれているように”、つまり作曲者の意図をくみ取って演奏している、ということですね。そしてスコアから受け取った印象を表現するようにしています。作品に取り組んでいるときに、このやり方でいい、という確信を持つこともありますが、うまく行かない場合もあります。そういう場合には、別の方法を試してみる、何とか書いてあることをうまく表現するために、いろいろ試すことがあります。」
──謙虚な姿勢なのですね。
「音楽というのはそういうものだと思います。演奏する時によく考えずに単に右から左へと演奏するような方もいますが、それは真面目な取り組みではないと思います。カザルスが言った言葉ですが、単純に音符に書いてある通りに演奏したら、それは逆に間違っていると。そこにはもっと深い意味があると。
例えば、ここにfがある、あそこにpがある、クレッシェンドがある、ということで、書いてある通りに演奏しても、それは音楽の内容を表現したことにはならない。繰り返しますが、最終的には音楽の内容を“書かれているように”再現しないといけない、ということですね。」
──サントリーホールチェンバーミュージック・ガーデンに、いよいよキュッヒル・クァルテットが登場します。ベートーヴェンの全曲演奏は、特別な意味があると思いますが。
「ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は、ベートーヴェンの最高の作品です。全部が最高の作品です。そのような作品をサントリーホールチェンバーミュージック・ガーデンで全部演奏するということは、私達にとっても大きな挑戦です。大きな新しい経験になると思います。短い期間の中で全部をベストの演奏にしたいと思っています。素晴らしい体験になると思います。」
──ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は、よく前期、中期、後期と分けられますが。
「演奏順、つまりプログラムの仕方に関しては、そのように分けない方がいいと思いました。すべてが同じように高い水準にある音楽ですが、聴いてくださる方々に、毎晩、初期、中期、後期と聴いていただき、そのことによって、ベートーヴェンの変化、新しいアイディアというものを生み出していったベートーヴェンを感じていただくことができると思います。」
大フーガは、どこで弾くべきか
──よく問題になるのは、大フーガの扱い方だと思います。
「そうですね。大フーガは元々終楽章として作曲されたものです。私達はこれを終楽章として演奏し、後に大フーガの代わりに作曲されたアレグロをアンコールとして演奏する、そうすると聴いてくださる方は全部を聴くことができます。よくアレグロを終楽章にして、大フーガの方を別の曲として演奏することがありますが、私はそれはよくないと思っています。
作品130の場合は、舞曲がたくさん入っていまして、特にスケルツォのところは、とても評判がよくて、繰り返し演奏されたそうです。テデスカというドイツ風のダンス、カヴァティーナ、そして、素晴らしい大フーガとなるわけです。カヴァティーナにクレントと書いてあるのは、たぶん、息をのむような緊張感、そして凄くシンプルなメロディ。
で、その最後だからこそ、この大フーガが来て意味があるのだと思います。ですから、ベートーヴェンが最初に作曲したとおりに演奏するべきだと思います。」
──大フーガについてはいつも話題になります。
「この大フーガは、とても長くて難しいです。740小節くらいあります。まず二つのテーマが同時に動きます。そして最後には本当に素晴らしいフーガになります。」
──それにしても、ベートーヴェンの全曲演奏というのは、かなりハードですね。
「音楽そのものが私達に強さを与えてくれます。大丈夫です。適度な休みもありますからまったく問題ないです。逆にツアーのように同じプログラムで、ずっと弾き続けることの方がつらいです。それに比べれば毎日違う作品を演奏するわけですから。ミュージカルでは、毎日同じ作品を何年間も演奏する場合もありますが、私だったらクレージーになります(笑)。」(続く)
取材:アッコルド